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04 / JOURNEY

The Hotel Seiryu Kyoto Kiyomizu

ホテル青龍

校舎が、世界のホテルになった

  • 京都・東山
  • 元・清水小学校
  • コンバージョン
  • ルーフトップバー

2026.07 / 京都・陰翳の旅より

京都の旅の後半は、東山のホテル青龍へ。昭和8年の元・清水小学校のコンバージョンです。タクシーで坂を上がりきる前に、もう八坂の塔がお出迎え。壊さず、残しながら生かすお手本を、じっくり見てきました。

01ホテル

ホテル青龍 —
校舎が、世界のホテルになった

The Hotel Seiryu Kyoto Kiyomizu

東山に建つホテル青龍は、昭和8年の元・清水小学校。名もなき市の職員が設計した校舎が、いま世界中の人が泊まるホテルになっています。壊さず、残しながら生かす。コンバージョンのお手本でした。

閉校が2011年で、開業が2020年3月。全48室のうち34室が、元の教室だそうです。タクシーで坂を登っていくと、上がりきる前にもう八坂の塔がお出迎え。黒い庇をくぐると正面に庭が抜けて、庭の向こうに五重塔。門構えから立地から、とにかくすごかった。

いちばん引っかかったのが、新しく建てた棟を、わざと黒くしていたことです。白い校舎に馴染ませて建てれば、全体が大きく見えてレトロなホテルにできるのに、そうしなかった。馴染ませると、どこまでが元の校舎だったのか分からなくなって、名残がある意味消えてしまう。だから黒と白で分けて、新しいものは新しいものとして区別できるようにしている。割れた器の継ぎ目をあえて見せる金継ぎと、同じ発想です。

ホテル青龍 外観
建築の目線

元の校舎の窓割り・天井高・廊下幅が、そのままホテルの「個性」になっている。ゼロから建てたら出ないプロポーションです。既存の建物には、図面に残らない資産が眠っている — リノベ提案の説得力はここから来ます。

建物
1933(昭和8)年築の元・清水小学校をコンバージョン。2020年開業
見どころ
校舎の面影が残る廊下と教室、八坂の塔を望むルーフトップバー
行き方
清水寺の参道エリア、八坂の塔から徒歩すぐ。京都駅からタクシーで約15分
予約
宿泊・レストラン・バーとも公式サイトから。ルーフトップバーは宿泊しなくても入れます
01+考えたこと

町の人がつくった学校を、
壊さずに生かす

Conversion

この学校、もともと町の人たちの寄付でできているんです。1869年、京都の町衆が「番組」という自治組織の単位で64校を一斉に創立した番組小学校のひとつ(下京第27番組)。国が学制を敷く3年前です。その愛された思いを引き継ぐ前提で、コンバージョンされている。

残し方も徹底していました。階段のモザイクタイルは復原、天井の梁も窓枠もそのまま。元の講堂は外壁をそのまま内装に使ってレストランに、校庭は芝生のまま中庭に。子どもが彫刻刀で刻んだ落書きまで残しているそうです。全部ピカピカにしない。古いものは古いまま残して、新しい価値をつけていく。

じゃあ名建築家が建てた校舎なのかというと、そうじゃない。設計したのは、名もなき市の職員だそうです。その人はきっと「箱」を作っていたんじゃなくて、町の子どもたちの90年を設計していた。それがいま、世界中の人が泊まりに来るホテルの骨格になっている。

建築の目線

一旦きれいにしてしまったら、もう戻せない。リノベ提案で「全部新しくしましょう」と言う前に、残すことでしか出ない価値を数えるべきだと思いました。新旧をあえて見分けられるようにする手法は、建築保存の世界共通原則(1964年ヴェネツィア憲章)にもなっています。

Afterword — 旅の、あとがき

一旦きれいにしてしまったら、もう戻せない。

校舎の窓割りも、残し方の徹底も、言語化すれば住宅のリノベ提案に持ち帰れます。旅はぜんぶ、仕事の目線に還元しています。

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