01 / JOURNEY
Roppongi, Tokyo
六本木
デザインの先生の旅
2026.02.24 / 半日 / ひとり
六本木の 21_21 DESIGN SIGHT で開催中だった企画展「デザインの先生」を見てきました。世界の6人の巨匠に学ぶ、という展示です。完全なる自分のための備忘録として書いておきます。先に言っておくと、これは「自分はデザイナーじゃないから」が、一切通用しなくなった半日の記録です。
Route — 旅の道順
2.24 — 六本木、半日
- 六本木駅
- 東京ミッドタウン
- 21_21 DESIGN SIGHT
- 6人の垂れ幕
- ディーター・ラムスの部屋
- 良いデザイン10ヶ条
- カスティリオーニの灯り
- 安藤忠雄の廊下
アートの話だと思って、
行きました
Before
東京ミッドタウンの芝生の脇、打ちっぱなしのコンクリートの壁に、白い垂れ幕が一枚下がっています。「デザインの先生」。Learning from Design Maestros。
正直、この題を見て身構えていました。「アート的視点」や「美的センス」みたいな、抽象的で理解しづらい話なのかな、と。センスのある人が、センスのある話をする場所なんだろうな、と思っていたわけです。
全く違いました。

6人の先生が、
言葉と一緒に下がっている
Six Maestros
中に入る手前、コンクリートの柱のあいだに、6人ぶんの垂れ幕が下がっています。顔写真と、生没年と、その人の言葉が一つずつ。ここでもう、展示の性格が分かります。作品ではなく、言葉が先に立っているんです。
6人と、垂れ幕に書かれていた言葉を並べておきます。
ディーター・ラムス(1932–)ドイツ。ブラウンの製品を長く手がけた工業デザイナー。「より少なく、しかしより良く」
オトル・アイヒャー(1922–1991)ドイツ。ミュンヘン五輪のピクトグラムなどで知られるグラフィックデザイナー。「設計において、人間は自らが何者であるかをなす」
マックス・ビル(1908–1994)スイス。ウルム造形大学の初代学長。「スプーンから都市計画に至るまで」
ブルーノ・ムナーリ(1907–1998)イタリア。絵本から工業製品まで。「伝えたいという気持ちを持ち続けること」
アキッレ・カスティリオーニ(1918–2002)イタリア。照明・家具の名作を多数。「もし好奇心がないならおやめなさい」
エンツォ・マーリ(1932–2020)イタリア。晩年は日本企業とも協働。「デザインとは何か、私は知らない」
最後のマーリの一言がいいですよね。50年やってきた人が「私は知らない」と言う。この展示の芯は、たぶんそこにあります。
孤高の才能の話じゃ、
なかった
Observation
僕はずっと、「デザイナーは孤高の才能」だと思っていました。自己表現で、プロダクトアウトの色が強い人たち。頭の中にあるものを世に出す人たち。そういうイメージです。
ところが展示を見ていくと、マーケットイン思考がかなり色濃く出ている。そのために何をしていたかというと、「観察」と「日々の暮らしに対する疑問を持つこと」。興味を持つこと。それが強烈に印象づけられていました。
自己表現的な思想が強いというより、「手に取ってくれる方にどう馴染むか?」「使いやすいのか?」を、ひたすら追求している。そういうことです。
デザインは、
全職種の共通言語だった
Common Language
ここからが、この日いちばん食らった部分です。ものが世に出るまでには、こういう人たちが関わります。
・調査発想から、より良いプロダクトを考える「商品開発」
・仕様と生産管理を行う「エンジニア・現場管理」
・どう伝えるか?を追求する「セールス・営業」
・顧客の動向を調査し展開する「マーケター・広報」
・取りまとめを行う「ディレクター・マネジャー」
・実際のビジュアルを作成する「デザイナー・技術」
・事務関係を行ってくれる「事務職」
もっともっと職種は多岐に渡りますが、どうやったら使いやすいか?という機能美を追求することも「デザイン」。どうやって、自社の製品を届けるか?を追求することも「デザイン」。どうやったら生産力が上がるか?も「デザイン」。
だから「デザイン」というのは、マーケティングもセールスも、それ以外も、全ての職種に共通言語として必要な教養なんだと思うんです。逆に言えば、全ての職種に「デザイン」という思考が重要だと痛感させられました。
「自分はデザイナーじゃないから。」という考えは一切通用しないし、根本が間違っていると突きつけられました。※まさに自分がそう思っていたんですよね……。
デザインというのは多岐に渡って、どう見られるか?相手にどう感じられるか?でもあるので、「自分自身が商品である」という捉え方もできます。そうなると、どう見られるか?の「所作」や「人としてのあり方」、内面的な部分にも関わってくると感じます。
工務店で言えば、現場監督の「養生の仕方」も、営業の「見積書の並び順」も、事務の「電話の取り方」もデザインです。図面と外観だけがデザインだと思っていると、そこ以外の全部で価値が漏れていく。ここは自分の仕事の話としても、そのまま刺さりました。
そして6人の巨匠に共通していたのが、もう一つ。「良いデザインが富裕層の象徴」としてではなく、「大衆にまで手に届く」「機能的で暮らしに馴染む」まで考え抜かれていることです。
美しくデザインされたものは、機能性も良い。日本人の感覚として「ハイデザイン=使いづらい、奇抜」という価値観がある気がするんですが、まずもって間違えてたなと。
あとは、
ディーター・ラムスさん
Dieter Rams
やっぱり良い。
50年以上も前に発売された「ブラウン」の数々の品を見て、時代を感じさせないデザインに惚れ惚れしました。

1932年、ドイツのヴィースバーデン生まれ。建築を学んだあと、1955年にブラウンに入社して、長くデザイン部門の責任者を務めた人です。代表作を挙げるとキリがないんですが、いくつかだけ。
SK4(1956)— ハンス・グーゲロットとの共作のレコードプレーヤー付きラジオ。それまで木の箱だったオーディオに、透明なアクリルの蓋を載せた。あまりの見え方に「白雪姫の棺」とあだ名がついた一台。
T3(1958)— ポケットに入るトランジスタラジオ。丸いダイヤルと角丸の四角。
606 ユニバーサル・シェルビング・システム(1960)— Vitsœ の棚。60年以上、ほぼ形を変えずに作られ続けています。買い足せる。壊れたら部品だけ替えられる。
ET66(1987)— 電卓。丸いボタンの配色。
この人の考え方は、のちにアップルのジョナサン・アイブに強い影響を与えたと言われています。展示の壁にも書いてありましたが、2025年9月には、世界デザイン機構(WDO)から世界デザイン賞を受けています。93歳です。
写真の左に写っている、壁から生えているみたいなオーディオ。あれが宙に浮いているのは格好つけじゃなくて、床を掃除できるようにするためです。右の棚も同じで、床に脚を落としていません。機能から出てきた形が、結果として格好いい。この順番なんだなと。
そこで思うわけです。「良いデザインは普遍的である。」と。
でも「良いデザイン」って人によるくない? 人の美的感覚というか、それは好みによるのではない?と思う部分も、否定できません。
そこでラムスは、ちゃんと定義してくれています。
10 Thesen zum guten Design
ディーター・ラムスによる、良いデザイン10ヶ条
- 良いデザインは、革新的である。Good design is innovative.
新奇性のための新奇性ではない。技術の進歩が、そのつど新しい答えの余地をつくる。
- 良いデザインは、製品を有用にする。Good design makes a product useful.
製品は使われるために買われる。有用性を最大にすることが、デザインの一番の仕事。
- 良いデザインは、美的である。Good design is aesthetic.
毎日使うものは、暮らしの快適さを左右する。だから美しさは機能と切り離せない。
- 良いデザインは、製品を分かりやすくする。Good design makes a product understandable.
いちばん良いのは、説明を要しないこと。
- 良いデザインは、押し付けがましくない。Good design is unobtrusive.
道具であって、装飾品でも芸術品でもない。使う人の側に、余地を残す。
- 良いデザインは、誠実である。Good design is honest.
実際以上に革新的に、パワフルに、価値がありそうに見せない。守れない約束をしない。
- 良いデザインは、恒久的である。Good design is enduring.
短期で古びるトレンドを追わない。使い捨ての製品とは、はっきり違う。
- 良いデザインは、あらゆる細部まで一貫している。Good design is consistent down to the last detail.
曖昧な部分を残さない。徹底と正確さが、使う人への敬意になる。
- 良いデザインは、環境に優しい。Good design is environmentally friendly.
実際の汚染だけでなく、視覚の公害と破壊も含めて考える。
- 良いデザインは、できるだけ少なく。Good design is as little design as possible.
少ない方がよい。その方が本質に集中できる。純粋さに、簡潔さに戻ろう。
見出しはラムス本人が掲げた10項目、下の一行は展示と原文をもとにこちらで要約したものです。ラムスは1970年代、環境への危機感と、商業主義に隷属するデザインへの怒りから、この問いを自分に投げ続けてこの10項目にたどり着いています。「デザインするとは、考えることだ」とも言っている人です。
価値観に左右されづらい、普遍的な物差しだと思います。自分がつくるもの、見て美しいと感じるもの、好きと感じるもの。仕事一つ一つに対して、「それは良いデザイン?」って振り返る指標になると感じます。
もっと日々の日常に疑問を持って、観察して、発見して、すぐに調べずに答えを求めずに、自分で考えてみることが大事だなって思います。

ラムスの似合う書斎を、
作りたいよ(心の声)
His Own House
これが展示を出たときの、いちばん正直な感想でした。で、帰ってから調べたんです。ラムス自身は、どんな家に住んでいるんだろうと。
ありました。しかも、ちゃんと自分で建てていました。
1971年、フランクフルト近郊のクロンベルクという街。「Roter Hang(赤い斜面)」という住宅地の一角です。もともとブラウンの社員のために計画された土地で、そこに小さな敷地を買って、ケーニヒシュタインの建築家ルドルフ・クラマーと組んで建てました。ラムスが最後まで建てきった、唯一の建築です。
L字型の平屋。2戸が連なった「ドッペルブンガロー」という形式。いまはヘッセン州の文化財に指定されていて、壊せません。
- L字が、庭を抱える外に向けて広く開くのではなく、自分の懐に庭を囲い込む。その庭は、日本庭園に着想を得ている。
- 居間の椅子は、庭を向く620のアームチェアを島のようにゆるく寄せて、本人はそれを「座る風景」と呼んでいた。
家具は、ほぼ自分の設計Vitsœ の 606 と 620。足りない所はトーネットの曲木椅子で埋めた。 - 10ヶ条が、そのまま建っている「できるだけ少なく」を、家のほうでやった。
面白いのが、庭が日本庭園に着想を得ていることです。ドイツの気候と土地に合わせて作り変えてはいるけれど、下敷きは日本。ラムス本人は、この庭をつくることを家具のシステムを設計するのと同じ仕事だと考えていたそうです。棚も庭も、同じ頭でやっている。
中はほぼ Vitsœ の家具で埋まっています。「私たちは Vitsœ の家具と暮らしている」と言っていて、理由が「自分が欲しいと思うものしか設計しないから」。居間には620のアームチェアがゆるく寄せ集めてあって、それを本人は「座る風景(a seating landscape)」と呼んでいました。並べるんじゃなくて、島みたいに置く。庭のほうを向いている。
ここを自分の家づくりに移すなら、真似るのは「白い平屋」ではないと思っています。
一、庭を外に見せず、懐に抱える。L字やコの字で囲うと、道路からの視線を切ったまま、大きな窓が開けられる。日本の宅地とも相性がいい。
二、収納を家具で置かず、壁でつくる。606は「壁に付ける棚」です。床に脚を落とさないから、部屋が広く見えるし、掃除ができる。買い足せるので、最初から全部揃えなくていい。
三、椅子を並べず、島にする。ソファを壁に沿わせてテレビに向けるのをやめて、庭に向けて緩く寄せる。ここは間取りより先に、暮らし方の決めごとです。
ラムスの似合う書斎を作りたい、というのは変わっていません。でも調べてみて分かったのは、ラムスが似合う部屋は、ラムスの家具を買うことでは作れないということでした。床を空けるとか、庭を抱えるとか、そういう決めごとのほうが先にある。
灯りが、
一番きれいだった
Light
展示のなかで、写真として一番きれいだったのはここでした。アキッレ・カスティリオーニの灯りです。

これが「タッチア(Taccia)」。1962年、弟のピエル・ジャコモとの共作です。ガラスのボウルの上に、アルミの皿が伏せて置いてあるだけ。皿は固定されていないので、手で回すと光の向きが変わります。天井から下がるペンダントを、ひっくり返して机に置いたような形。
光源は下を向いていて、皿に当てて跳ね返した光だけで照らしています。だから眩しくない。壁に出ている柔らかい弧は、その反射です。

同じ年の「アルコ(Arco)」もありました。大理石の台からステンレスの弧が伸びて、テーブルの真上まで届きます。天井に配線せずに、ペンダントの位置に光を持ってくるための道具。賃貸でも吊れるんです。
2つとも1962年です。60年以上前に、「配線を触らずに天井の光がほしい」「眩しいのは嫌だ」という生活の不満から、この形が出てきている。さっきの「観察と疑問」の話が、そのまま形になっているのを見た気がしました。
一点物と、量産の矛盾
The Contradiction
他で印象に残ったのが、巨匠のお一人と日本の焼き物の職人さんとの共同開発の紹介でした。そこにこんな趣旨のことが書いてありました。「手作りの作品であっても、単純作業化してしまうと、それは機械化と同じである。」※詳細を忘れてしまいました。
そしてもう一つ、ずっと引っかかっていることがあります。
この6名の巨匠は「商品・工業製品」のデザインとして一般流通に成功されている方ばかりなのに、現在「一点物のような価値が現れています」。一般流通させた製造ラインで、一定品質で展開しているのにも関わらず、価値を下げない。一見矛盾のような状態を実現しているのです。
これはウェグナーさんの展示会に行った時も、同じ感覚を得ました。
製造・デザイン・コストのバランスも含め、考え続けないといけないことだと。これも突きつけられました。これは葛藤な部分もあるし、未だ僕には答えが見えて無い部分です。
量産して、価格を下げて、たくさんの人に届ける。そこまでは分かる。でもそれをやると、普通は「安いもの」になる。ラムスの606は60年間ほぼ同じ形で作られ続けて、いまも新品が買えるのに、中古が値上がりしている。
たぶん鍵は「一定品質で作れること」ではなく、「変えないと決めたこと」のほうにある気がしています。ただ、まだ言い切れません。ここは持ち帰りです。
器のほうも、
安藤忠雄でした
The Building

最後に、建物の話も少しだけ。この展示を入れていた 21_21 DESIGN SIGHT 自体が、安藤忠雄さんの設計です。2007年の開館。発案は三宅一生さん。
外から見ると、地面から一枚の鉄板が斜めに生えているみたいに見えます。あれは三宅さんの「一枚の布」という考え方から来ていて、長さ54メートルの鉄板を折り曲げて屋根にしている。日本の鉄工の技術がないと成立しない屋根だそうです。
そして面白いのが、延床1,932㎡のうち、約8割が地下に埋まっていること。地上に出ているのはほんの一部です。安藤さんは「背後のヒマラヤスギに包み込まれるように建つ建築にしたかった」と言っていて、公園の環境を壊さないために、建物のほうを地面に沈めている。
上の写真が、その地下です。上からの光がスリットを通って、壁に縞をつくっている。人が全部シルエットになる。暗い建物なのに、暗いと感じないのはこの光の入れ方だなと思いました。展示を見終わったあと、ここでしばらく座っていました。
- 21_21 DESIGN SIGHT
- 東京ミッドタウン内。設計=安藤忠雄、発案=三宅一生。2007年開館。地上1階・地下1階、延床1,932㎡(うち約8割が地下)。ギャラリー1(133㎡)・2(443㎡)・3(110㎡)
- この展示
- 企画展「デザインの先生」(Learning from Design Maestros)。会期は2025年11月21日〜2026年3月8日で、すでに終了しています。展覧会ディレクター=川上典李子、田代かおる。発案=深澤直人
- いま何を
- ギャラリー1&2は「方丈記に学ぶ —生きるを編み直す小さな建築—」が2026年8月28日〜2027年1月11日。ギャラリー3は「ザ・ペーパーログ:膜と核」が2026年8月13日〜9月13日。※2026年8月時点
- 公式
- 21_21 DESIGN SIGHT。会期と入場料は企画展ごとに変わるので、行く前に必ず確認を
- 開館
- 10:00–19:00(入場は18:30まで)。休館=火曜、年末年始(12/27–1/3)、展示替え期間
- 行き方
- 都営大江戸線・日比谷線「六本木駅」から徒歩5分。千代田線「乃木坂駅」から徒歩5分。〒107-0052 東京都港区赤坂9-7-6 東京ミッドタウン・ガーデン内
兎にも角にも
Afterthought
「デザイン」という分野から、全員目を背けてはならない。そしてその一点の価値観に、スタッフや関係者が同じ方を向けると、飛び抜けた組織やブランドが作れるのではないか。
そんな感想でした。
Afterword — 旅の、あとがき
見て、歩いて、言語化して、持ち帰る。
この目で、住宅の写真も動画も撮っています。
「なぜこの空間が好きなのか」を言葉にできると、家の撮り方も、見せ方も、提案も変わります。旅はぜんぶ、仕事の目線に還元しています。