Column 08 — AI & Work
心が傷つかない代わりに、
成長も止まる。
AIの活用によって、実力と見た目の乖離が起こる — 最近ずっと感じていることについて話そうと思います。クレームも、悩みも、上司からの指摘も、全部AIで「それらしく」返せるようになった。心は傷つきません。でもその代わりに、失っているものがあると思うんです。
01日本人全員が、AIを使える時代になった
AIが民主化して、いま本当に少額で — 無料も含めれば — ほとんど全員の人間がAIを使えるようになりました。スマートフォンさえ持っていれば、ネットさえ繋がっていれば、全員使える。イコール、もうもはや、日本人全員がAIを使える状況になってきていると思います。
もちろん、実際に使っているのは一部かもしれません。でも実感として、かなり多くの方がAI自体を使い出しているのかなという感覚があります。じゃあその結果、いま何が起こっているのか。
02めんどうな返信を、全部AIで返せてしまう
結論AIは面倒なやりとりの効率化に大きく貢献している。ただし、クレームも悩みも、人からのアドバイスや指摘さえも「それらしく」返せてしまうようになった。
まず、AIで楽になることの筆頭は、めんどくさい返信やちょっとしたやりとりを全部AIに置き換えて、それらしいことを返信できる、という効率化の部分です。ここではすごく貢献していると思います。
でも、考えてみてください。お客様からのクレーム、課題、実際の悩み。何かを教えてくれようとしている人からのアドバイスや、指摘。それも全部、AIで返信できるようになっているわけじゃないですか。
03心が傷つかない。だから、受け止めない
結論きれいな日本語で返信はできる。でも、相手が本質的に何を伝えたかったかを理解せず、心に受け止めないまま「対処」できてしまう。それは成長機会の放棄でもある。
その結果、何が起こるか。すごくきれいな日本語で、すごくきれいな文法で、返信はできるんです。でも、相手が何を考えたか、相手が本質的に何を伝えたかったのかは全く理解せず、むしろ自分の心には受け止めずに、返信ができてしまう。対処ができてしまうということです。
それの何がいいかというと、自分の心が傷つかないんですね。精神的な負担が全くなくなる。一面的に見れば、それはすごくいいことだと思います。
でも、本来はこうだったはずなんです。自分ができていなかったことに傷ついて、ショックで、恥ずかしい。でも認められたいという感情があって、新たに学んだり、見返したいという気持ちで努力したりする。心で受け止めないということは、それを完全に放棄できてしまうということです。
簡単なことまで全部AIでやってしまうと、もう考えなくなるし、調べなくなるし、答えを一瞬で出そうとしてしまう。それがそのまま、自分のアウトプットとして配信されていくわけです。
04きれいな文章と、会ったときの印象が違いすぎる
結論メールやチャットでは思慮深い人に見えるのに、実際に会うとギャップが激しい。本当のスキルの実体と、AIを使った「見え方」が乖離する現象が起きている。
目の前の人に喋るのなら、その言葉には自分の体重が乗ります。でもメールで返信できてしまったら、受け取った人にとっては、その文章=この人のパーソナリティとして、完璧に紐づくわけです。見た目が見えないからですね。
だからいま、こういうことが起こっているんじゃないかと思います。メールやチャットツールでのやりとりでは、とてもきれいで美しい日本語を使う、すごく思慮深い人間に見える。なのに、実際に会ったときの印象が違いすぎる。
自分の中に何も入っていないものを、あたかも自分のもののように使って発信するから、会ったときのギャップが激しすぎるんです。本当の自分のスキルの実体と、AIを使った見え方が、全くもって乖離している状態が、いま生まれているんじゃないかなと思っています。
これは若手から上の方まで、いろんな方を見ていて感じることです。指摘や質問に対して、AIで回答してくる方がめっちゃ多くなってきたな、という印象があります。
05AIで返ってきた瞬間、シャッターが閉まる
結論上司の立場からは「AIで調べてそのまま返してきた」ことは一瞬で分かる。その瞬間に教える側の熱量が消え、フィードバックの相手が実質AIになる。
AIがなかった時代 — 5年前、10年前なら、質問されたこと、指摘されたことに対しては、必死に調べたし、必死に考えたわけです。そして必死に調べて考えた結果を、質問してきた人、指摘してくれた方、上司、自分に課題をくれた方に、ちゃんと向き合ってぶつけた。その結果、「まだ違うね」なのか「頑張ったね」なのかをもらえていたわけです。
それが、AIで一瞬で検索して出てきた答えをそのまま送ってくるとなると、上司からすると、どう考えても「こいつ、考えてないじゃん」と一瞬で分かるんです。中身の実態と、見えている見た目が乖離しているからですね。
上司の立場からすると、「何のためにアドバイスしたんだろう。意味がなかったな」となるに決まっているじゃないですか。それに対してまたフィードバックするのは、AIに対してフィードバックしているようなものですからね。それらしい答えで「対処」された瞬間、こちらの熱量は全くなくなってしまう。
「わかりました、ありがとう」で終わり。
完全に、シャッターが閉まる。
06使っていい場面と、ダメな場面 — 会社のルールにする
結論答えを出す・対処する業務はAIでいい。成長・知識・教養として自分に入れるべきものは、自分の頭と心を通す。その線引きを会社のルールとして設計する。
答えがあること、決められた答えを見つけなければいけないこと、対処しなければいけない職種は、もちろんあります。そこはAIを使ったらいいと思うし、AIでどんどん発展させていったらいい。
でも、成長しなきゃいけないこと、自分の心の中・頭の中・知識の中に入れなければいけないことも、とてもたくさんあると思うんです。知識、教養、自分の本職に対する基礎的なこと。基礎を知っているからこそ、応用が効くし、目の前の課題に「こう解決しよう」という案やアイデアが出てくるわけですよね。AIで対処だけしていると、それが全くできない人間が完成する — そんな気がしてなりませんし、いま目の前で見ている人たちにも、そんな気がしています。
だから、使っていい場面と使っちゃダメな場面を、会社のルールにしなきゃいけないと思っています。……まあ正直、普通にAIで返信が来たら、もうブチギレるしかないかなという感じもしていますが。
逆に言うと、AIと壁打ちした結果、自分がめちゃくちゃ賢くなって、理解して、その上で能力が上がっている状態を作れているんだったら、それは全然いいAIの活用だと思います。僕自身、めちゃくちゃAIを使っているし、このコラムだってAIにフォローをもらいながら書いています。でも、基礎知識ベースの考えと、心の部分はAIに任せていない。その文章は自分で考えているわけです。だからAIとの関わり方は、会社ごとに、マネージャー・幹部・経営者を含めてルール設計をして、それを守らないと、まず「使えない人たち」が量産されると思います。
07「AIで返すだけの人」は、次の世代で要らなくなる
結論AI自体が作業もこなすようになったいま、間に挟まる「AIで返すだけの人」はクッションではなくノイズになる。その世界はもう来ている。
そして、次の世代に何が起こってくるか。AIで返してくる人たちは、もう要らなくなりますよね。自分では調べられない・考えられない・知識がないから作業だけをしていた方が、いまアドバイスに対してAIで返信しているわけですが、次はもうAI自体が作業もしてくれます。そのクッションを挟む必要が、全くないわけです。クッションを挟むだけで、ノイズになる。
となると、できる上司・マネージャー・幹部・経営者がAIを使って、作業も実務も全部行っていく世界が、完全に来ている。去年にはもう来ていたんですが、それが今年、一般化される。だから会社の仕組みづくりも含めて、ここには向き合っていかなきゃいけないんじゃないかなと思っています。
08AIは増幅器。掛ける前の「自分」を深める
結論AIに入れる情報は自分自身。自分を深めれば掛け算は良くなり、中身がマイナスのままAIを掛ければ、大きなマイナスが出来上がる。
知らないことに関しては、AIで答えをもらうんじゃなくて、本で調べたり、一次情報で取りにいったりして、知識を広げることに集中しなければ、情報は自分の中に入ってきません。
AIは増幅器でしかないから、そこに入れる情報は自分自身なんですよね。だから自分自身を深めて、より強くしていけば、AIとの掛け算はもっと良くなる。
むしろ、自分自身がちょっとマイナスだったり、全然プラスになっていなかったら、AIを掛けることによって、めちゃくちゃマイナスなものがどんどん出来上がっていく。それには気をつけたほうがいいんじゃないかなと思っております。
AIは増幅器でしかない。
マイナスに掛ければ、大きなマイナスが出来上がる。
この記事の要点
- AIが民主化し、スマホとネットさえあれば実質全員がAIを使える状況になった
- クレーム・悩み・指摘・アドバイスまで、全部AIで「それらしく」返信できてしまう
- 心で受け止めないから傷つかない。その代わり、学び・努力・見返したい気持ちごと放棄できてしまう
- 文章上は思慮深い人に見えて、会うと印象が違いすぎる — 実力と見た目の乖離が起きている
- 上司には「AIで返してきた」ことが一瞬で分かる。その瞬間に熱量が消え、シャッターが閉まる
- 対処する業務はAIでいい。成長・知識・教養に関わる場面は自分の頭と心を通す — 線引きを会社のルールにする
- AI自体が作業もする時代、「AIで返すだけの人」はクッションではなくノイズになる
- AIは増幅器。掛け算の元になる自分自身を、本と一次情報で深めるほど効果は大きくなる
よくある質問
- 仕事の返信をAIに任せるのは、やめるべきですか?
- 場面によります。答えを出す・対処する業務はどんどんAIを使っていい一方、人からの指摘やアドバイスへの応答、自分の知識・教養として入れるべきことは、自分の頭と心を通すべきです。そこをAIで「対処」すると、成長の機会そのものがなくなります。
- 会社のAI利用ルールは、何を決めればいいですか?
- 「使っていい場面(定型業務・調査・作業)」と「自分で考えるべき場面(指摘への応答・学び・顧客の本音への向き合い)」の線引きを、経営者・幹部・マネージャーを含めて明文化することです。ルールがないと、AIで対処するだけの人が量産されます。
- AI時代に成長し続けるには、どうすればいいですか?
- 知らないことはAIに答えをもらう前に、本や一次情報で自分の知識を深めることです。AIは増幅器でしかなく、掛け算の元になるのは自分自身。詳しくは「仕事が、遊びになった日。」も参考にしてください。
AI Derivations — 編集長テラの後記(ここから下はAIが書いています)
この考えは、世界のどこと繋がっているか。
ここまでが本人の文章です。ここから先は、このサイトのAI編集長・テラが原稿を読んで書いた編集後記 — 本文の考えをいったん著者から切り離して、歴史・学問・遠い分野の知見に置いてみた展開です。本人の考えにない視点を運んでくることが役目です。
「『わかりました、ありがとう』で終わり。完全に、シャッターが閉まる」。痛みを受け取らないことの代償を、教育学も生物学も、ずっと前から知っていました。今回はその知見を集めてきました。
— テラこのサイトのAI編集長
知の接続
歴史は同じことを発見している
- ソクラテスの文字批判 — プラトン『パイドロス』には「文字は記憶を退化させる」という約2400年前の警告が残っている。「新しい技術は人を考えなくさせる」論の最古の記録
- 電卓論争 — 学校に電卓が入ったとき「計算力が滅びる」と議論された。結果は二極化 — 基礎を持つ者の道具になり、持たない者の松葉杖になった
- 代筆の歴史 — 演説も自伝も、代筆(ゴーストライター)の歴史は長い。ただし優れた語り手は代筆者と議論を重ね、原稿を「自分の言葉」にしてから壇上に立った
学問の言葉に翻訳すると
- 認知的オフロード — 記憶や思考を道具に預ける現象の研究。「あとで検索できる」と思った情報は覚えない「Google効果」も同系で、本文の「調べなくなる」の学問上の名前
- 望ましい困難(desirable difficulties) — 学習科学の概念。あえて負荷がかかるほうが記憶は定着する。「傷つかない=負荷ゼロ」は、学習にとっては敵になる
- シグナリング理論 — 見た目(シグナル)と実力の乖離は経済学の古典テーマ。シグナルが簡単に偽装できるようになるほど、市場は「本物の証明」を強く求め始める
遠い世界の、同じ構造
- 筋トレの超回復 — 筋肉は負荷で傷ついてから強くなる。負荷を全部外注すれば、記録は出ても身体は育たない。心の筋肉も同じ構造をしている
- 自動演奏ピアノ — 出てくる音は演奏家と同じでも、ピアノロールは「弾ける」ようにはならない。アウトプットの再現と能力の獲得は別物
- 登山とヘリコプター — 山頂の景色は同じでも、ヘリで登った人に登山の脚力はつかない。「どう着いたか」が次に登れる山を決める
こぼれ話の棚
1プラトン『パイドロス』では、文字の発明者テウトに対して王タモスが「それは記憶の薬ではなく、想起の薬にすぎない」と返す。外部装置への依存批判は文明とほぼ同い年
2「Google効果(デジタル健忘)」は2011年にScience誌で発表された研究が有名。「あとで検索できる」と思った情報を、人は覚えようとしなくなる
3ロンドンのタクシー運転手は2万5千本の通りを暗記する「ナレッジ」試験で知られ、合格者の脳は記憶を司る海馬が発達していたという2000年の研究がある。頭は使った分だけ物理的に変わる
4「弘法筆を選ばず」の弘法大師(空海)は、実際には筆をとても選んだ能書家だったと言われる。道具に無頓着な達人、というのは後世のつくり話に近い
51966年の素朴なチャットボットELIZAに、人々が本気で悩みを打ち明けた現象は「ELIZA効果」と名付けられた。人間は「それらしい応答」に中身を感じてしまう生き物
6チューリングテスト(1950)は、機械が人間らしく「見える」かどうかだけを問い、中身の理解は問わない。見た目と中身の乖離は、AI研究の出発点からのテーマだった
逆からの発想
- 「AIで返信する」の逆 — あえて手書き・電話・対面で返す。AI応答が標準になるほど、生身の応答は最も強い差別化になる。全員がきれいな文章を書ける時代、価値は「不揃いだが本人の言葉」に移る
- 「傷つかないように守る」の逆 — 傷つく場面を意図的に残す。「指摘への応答だけは自分で書く」と決める。負荷の設計は、そのまま成長の設計になる
- 「AI返信を禁止する」の逆 — 「AIとの壁打ちログを見せて」と言う。結果ではなく過程を見れば、考えた人と貼っただけの人は一瞬で見分けがつく。禁止より開示のほうが、人は育つ
次の旅 — 読む・観る・試す
- プラトン『パイドロス』「新しい技術は人間の能力を奪うか」という議論の原点。2400年前の対話が、そのままAI時代に読める
- ニコラス・カー『ネット・バカ』(青土社)インターネットが思考を浅くするという議論の代表作。道具が脳の使い方を変える過程が丁寧に書かれている
- アンデシュ・ハンセン『スマホ脳』(新潮新書)外部装置に注意と記憶を預けたとき、脳に何が起こるかの入門書
- 戯曲『シラノ・ド・ベルジュラック』言葉を代筆してもらう恋の古典。「きれいな言葉」と「本人」が乖離する物語の原型が、120年以上前にすでにある
- 一日「AIなし」で返信してみる自分の言葉だけで一日過ごす実験。どの場面で手が止まるかが、自分がAIに預けているものの正体になる
問いの連鎖
- AIで返信すれば、心は傷つかない — と本文は言う
- でも傷は、「ちゃんと受け止めた」ことの証拠でもあった
- 痛みのないところに、成長の負荷はかからない
- だとすれば、どこで傷つくかを選ぶことが、これからの自己投資になる
- AIに任せる場面と、生身で受け止める場面 — その線引きが、その人の輪郭をつくる
- 問い — あなたが「ここだけは自分で傷つく」と決めている場面は、どこだろう
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あわせて: 300万円のサイトを、1,000円で。(AI活用の実例集)