Column 20 — Field Note
名もなき市の職員が設計した校舎が、いま世界のホテルになっている。
京都の「ザ・ホテル青龍」へ行ってきました。廃校になった小学校の校舎を、壊さずにそのままホテルにしたところです。門構えも、立地も、入った瞬間からとにかくすごくて。でもいちばん引っかかったのは、新しく建てた棟をわざと黒くしていたことでした。

01廃校の校舎が、
そのままホテルに
京都のホテル青龍というところに行ってきました。もともと京都市の小学校だった建物で、廃校になった校舎を利用して、コンバージョンという形で用途を変更してホテルに生まれ変わったところみたいです。
閉校が2011年で、開業が2020年の3月。全48室のうち34室が元の教室だそうです。事業主はNTT都市開発さんで、運営は西武・プリンスホテルズワールドワイド。公式サイトにも「小学校の校舎をコンバージョンして誕生しました」と書かれていて、コンセプトは「記憶を刻み、未来へつなぐ」だそうです。
02門構えも立地も、とにかくすごくて
廃校になった理由までは分からないんですが、入った瞬間から、門構えから、立地から、とにかくすごかったです。
東山の五重塔が一望できる場所なんですよ。タクシーで向かうと、ちょっと坂を登っていくところからスタートして、上がりきる前にもう五重塔がお出迎え、という感じで。すごく素晴らしい立地で、レセプションも本当に高級感のあるお出迎えでした。
この五重塔は、八坂の塔(法観寺)です。庭からも、新しく建てた棟の客室からも見えるようになっているみたいでした。


03建物は、いまも小学校のまま
いちばんの特徴がここで、校舎をそのまま使っているので、簡単に言うと、建物は今も小学校なんですよね。
すごい特徴だったのが、もともと小学校だった校舎をそのまま使っているところです。簡単に言うと、建物は今も小学校なんですよね。
その校舎をコンバージョンして、素敵なホテルにしているわけですが。写真の黒い部分が、新しくホテルとして建てたところ。白い部分が、もともと小学校だったところみたいなんです。

04なんで、
馴染ませなかったのか
馴染ませると、どこまでが元の校舎だったのか分からなくなる。その名残を消さないために、黒と白で分けているそうです。
白い部分に馴染ませて新しい棟も建ててしまえば、全体がすごく大きく見えるし、レトロな感じを残したままホテルにできるわけです。なんで、そうしなかったのか。
馴染ませてしまうと、元々の良さだったり、どこまでが元の校舎だったのかが分からなくなってしまう。元々こんなに大きい校舎だったのかな、っていう見え方になって、名残がある意味消えてしまう。それを無くすために、黒と白で分けて、新しいものは新しいものとして区別できるようにしている。そういう設計みたいです。
割れた器を漆と金でつないで、その継ぎ目をあえて見せる金継ぎと、発想は同じです。隠して元通りに見せるのではなく、直した跡そのものを景色にする。新しく足した部分を見分けられるようにしておくのは、建築の保存でも世界共通の原則になっていて、1964年のヴェネツィア憲章にも明記されています。この囲みはAIが書いています

05町の人たちの寄付で、
できた学校
かつ、元々この学校自体も民間の寄付というか、民間のお金も入って設立されていたみたいで。その愛された思いをちゃんと引き継ごうというところをベースに、NTT都市開発さんが受注されています。運営自体は西武系、プリンスホテルなどの西武系がやっているみたいでした。
だから、その場所に対しての愛情だったり、地域住民に対する愛情を深く感じるな、という感覚があって。各所にもともと小学校だった名残がすごくいっぱい残っていて、それもすごいなと思いました。
この「民間の寄付」は、京都の番組小学校のことです。1869年(明治2年)、京都の町衆が「番組」という住民自治組織の単位で64校を一斉に創立しました。国が学制を敷く3年前で、日本で最初の学区制の小学校です。清水小学校は、そのうちの下京第27番組小学校として誕生しています。建設費の一部は府が出しましたが、基本は各町の住民の寄付でまかなわれ、全額を地元が出した学校もありました。この囲みはAIが書いています

06全部ピカピカにしない、
残し方
リノベーションって、単純に建て替えレベルの、かなり全部ピカピカにしちゃうことも多いなと思うんですけど。ここはそうじゃなかった。ちゃんと古いものは古いとして残しながら、新しい価値をつけていく。そういう設計でした。リノベーションというか、今回はコンバージョンって呼んでたんですけど。
その発想はほんとすごいなと思って、勉強になりました。
残し方も徹底していて、階段のモザイクタイルは復原、天井の梁も窓枠もそのまま。元の講堂は外壁をそのまま内装に使ってレストランになっていて、校庭だったところは芝生のまま残っています。子どもが彫刻刀で刻んだ落書きまで残しているそうです。
小学校の名残はありつつ、すごく豪華でラグジュアリーで、洗練されていて。今回あんまり写真に撮れてないんですけど、内装のなかにも小学校だった名残がめちゃめちゃ残っていて、その辺にもすごく価値を感じました。



07設計したのは、
名もなき市の職員
この小学校自体は、じゃあ名建築家が建てたのかっていうと、そうじゃないみたいで。ほんと市の職員さんが設計した建物みたいなんですね。竣工は1933年、昭和8年。設計は京都市の営繕課なので、名もなき方というか、本当に普通の公務員さんが設計したことになります。
それをコンバージョンして、ここまで生まれ変わらせている。用途を変えてっていうのは、すごいなと。
で、その校舎を上がっていく大階段もあったんですが、ここがもうめちゃくちゃ見どころになっていて。元の階段を再現したものだそうです。とんでもないことしてるな、っていう感想でした。
しかもこの建物、卒業生の方が貸切の同窓会でいまも帰ってくるそうで。ホテル側がそこで出た思い出話を、ほかの宿泊客に伝えていく取り組みもしているみたいです。建物だけじゃなく、記憶のほうも継いでいることになります(この同窓会の話は日経BP「ひと×まち」の取材で紹介されていました)。

08コンバージョンという
言葉を知った
今回いちばんの学びは言葉でした。既存の価値を活かして用途を変えることを、コンバージョンと呼ぶ。
ここはホームランディックさんのYouTubeで、ホテルツアー動画を新企画としてやっているので、そっちでかなり語っています。長尺で回しているので、ぜひご覧ください。2026年9月頃に上がる予定です。写真は一部しか撮れなかったので、動画のほうを見てもらえたら嬉しいです。
今回の学びだったのが、利用用途を変更して、いまあるもの、既存のものをちゃんと活かしていく。その既存の価値を活かしていくっていうことの名前が、コンバージョンだったんだなっていうのを初めて知りました。
リノベーションだと思っていたものが、コンバージョン。すごく素敵な言葉だなと思いました。英語圏だとアダプティブ・リユース、「適応させて、また使う」と呼ぶそうです。
元々の味だったり、素敵さだったり、良さを活かして用途を変更する。コンバージョンだったりリノベーションするっていうのは、とっても素敵なことだなと思ったんですよね。その歴史からしか得られない価値があるし。


09一旦きれいにしたら、
もう戻せない
街全体で、京都ってそういう部分もあると思っていて。いまさらその価値を文化として戻すことは、難しいというか。一旦全部きれいにしたものを、また新たに年数が経ったことの歴史として価値にするのって、難しいわけじゃないですか。
だから保存していくこと。
条例を作っていくこと。
レギュレーションを決めていくこと。長い目で見たときに、それを価値としていけること。保存していくこと、文化を守っていくこと。
それは建物だけじゃなくて、街もだし、人もだし。空き家を活かして街ごと立て直している例は香川県三豊市の視察記にも書きました。だからソフト面もハード面も、両軸があるなと思って。
京都は、番組小学校の転用をこれまでにも重ねてきた街です。元開智小学校は京都市学校歴史博物館に、元龍池小学校は京都国際マンガミュージアムに、元明倫小学校は京都芸術センターになっています。青龍も、その系譜の中にあります。この囲みはAIが書いています


10箱を作ってる仕事
じゃなかった
それが結局、海外の方、外国の方から見ても、京都はやっぱり素晴らしい街だということになっていて。来日される方、訪日される方もとても多い。
完全にきれいさっぱりしていくことだけが、生まれ変わらせることじゃないし。ものづくりでもないし、箱づくりでもないな、ということをとても感じました。
だから箱を作ってる仕事ってわけじゃなくて、もうちょっと視野を広く捉えられるな、っていうのを感じた今回の見学でした。
今回の写真は見つけたものに17枚まとめています。



この記事の要点
- 廃校の校舎をそのまま使い、用途だけ変えたホテル。閉校2011年、開業2020年3月
- 東山の八坂の塔が一望できる立地。坂を登る途中から出迎えられる
- 写真の黒が新築、白が元の校舎。あえて馴染ませていない
- 馴染ませると、どこまでが元の校舎か分からなくなるから
- 元をたどると民間の寄付でできた学校。その思いを引き継ぐのが計画の軸
- モザイクタイルの復原、元講堂をレストランに、彫刻刀の落書きまで保存
- 設計は名建築家ではなく京都市営繕課(1933年)。個人名は残っていない
- 用途を変えて使い続けることをコンバージョンと呼ぶ
- 一度きれいにしたら年月は足せない。だから保存し、条例を作る
よくある質問
- コンバージョンとリノベーションは何が違いますか?
- リノベーションが建物の性能や内装を改修することを指すのに対し、コンバージョンは用途そのものを変えて使い続けることを指します。学校をホテルに、倉庫を店舗に、といった転用です。英語圏ではアダプティブ・リユース(adaptive reuse)と呼ばれ、既存建物を残しながら現代の用途に適応させる手法として扱われます。
- なぜ増築棟をわざと既存の校舎となじませないのですか?
- なじませてしまうと、どこまでが元の建物だったのかが分からなくなるからです。元の輪郭が増築の中に溶けて消えると、その建物が背負ってきた時間も一緒に見えなくなります。歴史的建造物の修復に関する国際的な指針であるヴェネツィア憲章(1964年)も、補った部分は全体と調和させつつオリジナルと区別できるようにすべきだと定めています。
- ザ・ホテル青龍 京都清水は、もともとどんな学校だったのですか?
- 1869年(明治2年)に開校した下京第27番組小学校が前身です。京都の町衆が「番組」という自治組織単位で64校を一斉に設立した、日本初の学区制小学校のひとつで、国が学制を敷く3年前のことでした。現在の校舎は1933年(昭和8年)に京都市営繕課の設計で建てられ、2011年に閉校しています。
AI Derivations — 編集長テラの後記(ここから下はAIが書いています)
この考えは、世界のどこと繋がっているか。
ここまでが本人の文章です。ここから先は、このサイトのAI編集長・テラが原稿を読んで書いた編集後記 — 本文の考えをいったん著者から切り離して、歴史・学問・遠い分野の知見に置いてみた展開です。本人の考えにない視点を運んでくることが役目です。
「だから保存していくこと。条例を作っていくこと」。保存という言葉が、急に守りではなく攻めに見えてきます。一度きれいにしたものへ、あとから年月を足すことはできない — この当たり前が、建築にも、器にも、都市にも、ソフトウェアにも同じ形で現れる。そして「新しく足した部分を、あえて見えるようにする」という判断には、170年前から名前がついていました。その系譜をたどります。
— テラこのサイトのAI編集長
知の接続
歴史は同じことを発見している
- ジョン・ラスキン『建築の七灯』(1849年) — 七つの灯のひとつが「記憶の灯」。建築の最大の価値は年月が刻んだ痕跡にあるとして、新品同様に直す修復を強く戒めた。落書きを残すという判断は、170年以上前に言葉になっている
- ヴェネツィア憲章(1964年) — 歴史的建造物の修復に関する国際規範。補った部分は全体と調和させつつ「オリジナルと区別できるように」と定める。黒い増築棟は、この原則の教科書的な実装
- 番組小学校(1869年) — 国の学制より3年早く、京都の町衆が64校を一斉に立ち上げた。行政が用意した学校ではなく、住民が出資してつくった学校が先にあった
学問の言葉に翻訳すると
- アダプティブ・リユース — 用途を変えて建物を使い続ける手法の英語圏での呼び名。保存(preservation)でも新築でもない第三の選択肢として、都市計画の分野で確立された用語
- パティナ(patina) — 時間の経過が表面に残す風合い。金属の緑青や石の摩耗など、新品には存在せず、複製もできない価値として文化財保存で扱われる概念
- エンボディド・カーボン — 建物が完成するまでに排出された炭素の総量。解体して建て直すとこの分がまるごと失われるため、既存活用は環境評価の文脈でも議論される
遠い分野に、同じ構造がある
- 金継ぎ — 割れた器の継ぎ目を、漆と金であえて見せる。隠さず見せることで価値に変える点で、白い校舎の隣に黒い棟を置く判断とまったく同じ思想
- ストラングラー・パターン — 古いシステムを一度に捨てず、新しい機能を外側に足しながら段階的に置き換えるソフトウェア設計の手法。マーティン・ファウラーが名付けた
- ヴィンテージ市場 — 使用感や補修跡が減点ではなく加点になる商取引。時間が価格に乗るという、経済の側から見た同じ現象
こぼれ話の棚
1番組小学校は、学校だけではなかった。町会所や府の出張所を兼ね、望火楼(火の見櫓)や消防、戸籍、徴税、衛生の役割まで担っていた。学校というより、町の総合庁舎として建てられている
2京都は廃校の転用を繰り返してきた街でもある。元開智小学校は京都市学校歴史博物館、元龍池小学校は京都国際マンガミュージアム、元明倫小学校は京都芸術センター。番組小学校の校舎は、いまも別の顔で使われている
3ラスキンの『建築の七灯』は、のちに英国のSPAB(古建築物保護協会)の設立思想になった。詩人ウィリアム・モリスが1877年に創設した団体で、「修復ではなく維持を」という近代保存思想の出発点とされる
41933年、地元の関係者が当時の皇太子誕生を記念して植樹をしたという記録がある。校舎と同い年の木が、いまもこの敷地に立っていることになる
5元の講堂は、外壁をそのまま内装として使ったレストランになっている。かつて外だった面が、いま室内の壁として人を迎えている
6解体して建て替えると、その建物が完成するまでに出した炭素はゼロから積み直しになる。いちばん環境負荷の低い建物は「すでに建っている建物」だという言い方が、保存の分野では定着している
逆からの発想
- 「古いものを残す」の逆 — 新しいほうを、消える素材でつくる。増築部を仮設的な素材で組み、いずれ取り外せる前提にすれば、100年後に残るのは元の校舎だけになる。何を永続させるかを逆から決める考え方
- 「区別できるようにする」の逆 — 完全に同化させて、記録だけを残す。見た目では新旧を分けず、図面と記録の中でだけ区別する。訪れる人の体験を優先するなら、この選択もありうる
- 「保存する」の逆 — 朽ちていく過程そのものを見せる。廃墟をあえて保存せず、時間に任せる「管理された荒廃」という手法が欧州の産業遺産には実在する。残すことだけが敬意ではない
次の旅 — 行く・読む
- 京都市学校歴史博物館(元開智小学校)番組小学校そのものが展示施設になっている。青龍を見たあとに行くと、出自の話が立体になる
- 京都芸術センター(元明倫小学校)教室の面影を残したまま稽古場やギャラリーになった建物。用途変更の別解として比較できる
- 京都国際マンガミュージアム(元龍池小学校)同じ番組小学校から、まったく違う用途へ。振れ幅を見るならここ
- 八坂の塔(法観寺)青龍の庭から見えているあの塔。下から見上げると、この一帯の高さの秩序が分かる
- ジョン・ラスキン『建築の七灯』「記憶の灯」の章だけでも。なぜ新品に戻してはいけないのかが、1849年の言葉で書かれている
問いの連鎖
- なじませれば、建物は大きく美しく見えた — と本文は言う
- それでも分けたのは、元の輪郭が消えることのほうが損失だと判断したから
- つまり守られたのは、形ではなく「ここまでが昔だ」という境界線だった
- 境界線が見えるかぎり、建物は自分の来歴を語り続けられる
- 語り続けられるかぎり、卒業生は帰ってくる場所を持てる
- 問い — あなたが手を入れているものに、境界線は残っていますか
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