Column 14 — Thinking
「今、自分はダサいっす」
から始める
指摘をすると「あ、それ知ってました」が返ってくる。できていないことを、認めない。でも、その取り繕っている時間が、たぶん一番もったいないんです。— 工務店・設計事務所・住宅会社の現場で会うスタッフさんに感じていることと、そこから考えた「自分の才能の見極め方」の話。かっこいい家が作れなくても、猫と暮らす家の提案がいちばん得意な人にはなれる、という話でもあります。
01不必要に、自分をよく見せる人が多い
仕事をしていて、最近思うことがあります。会社はやっていますが、社員は自分だけです。自分の会社には社員は一人もいません。
ただ、クライアントさんに対する仕事をメインにしていて、いわゆるクライアントワークをしています。工務店、設計事務所、住宅会社、ハウスメーカーの支援なので、会うのは経営者の方もいるし、スタッフさんもいる。営業の人だったり、コーディネーターの人だったり、設計士の人だったり、経営者やマネジメントの方だったり、いろいろです。その中で、思うことがあって。
不必要に自分をよく見せたり、不必要に取り繕ったり、不必要に大きな宣言をしたり。自分自身のことをさらけ出せずに、やっぱりよく見せたいなと思う方が多いなと思っていて。スタッフさんで、です。
02経営者はそうはいかない。評価は、外がする
ここは単純な話で、経営者の評価はマーケットが決めるので、取り繕う相手がそもそもいないんですね。
経営者の方はまあそうはいかないっていうか、別によく見せたって、結局のところ評価されるのはマーケットに出し、アウトプットするものに出しってことで、まあ結局、評価は外がするじゃないですか。
ただスタッフさんの場合。そういう外からの評価があるという感覚でやっている人もいるんですけど、なんとなく社内でどう見られているかとか、どういうスタンスを取っているかとか、インプットをどうしているかみたいな。
アウトプットを見られていなくて、インプットをどういうスタンスでやっているかみたいなことを評価にされていると思っている人が、結構いるような気がしています。
組織行動の研究では、評価の基準が「成果」ではなく「態度」に置かれた集団ほど、失敗の報告が減ることが知られています。報告が減れば問題は見えなくなり、見えない問題は直せません。取り繕いは個人の性格の話に見えて、実は評価設計の副産物であることが多いのです。
03「それ、知ってました」が出てくるとき
そうなってくると、自分のできていないこととか、自分のできなさとか、考えられていないということとか、思考の浅さとか、提案が弱いとか、能力の低さとかスキルのなさとか。まあそれは別にそれぞれなんでいいんですけど、高い低いあると思うんで。
それをなんか出さないっていうか、認めないっていうか、という方が結構いるなと思っています。だから、いろんな指摘をしたり、指摘をされても、こういう回答が返ってきます。
「あ、それ知ってました」
「それも考えたんですけど」
ある意味、指導されるのが嫌だったりとか、指摘されるのが嫌だ。指摘されるということはできていないということで、インプットが足りないということで、評価が下がる。だから評価されなくなっちゃう。
そういう軸が、どういうスタンスでいるかということに終始しているような方が結構いる気がしていて。なんかすっごい無駄だなって思うことがあります。
04会社員は弱いな、と正直思う
だから、会社員の人ってなんか弱いなって思うんです。正直ね。
まあもちろん、すごい超一流の会社で、会社員ですごい成果を出している人はいっぱい見てきているし、横並びでもすごいいっぱいそんな方がいるんですけど。特に大手企業じゃない、中小企業のスタッフさんに、さっきの傾向が多いという感じですね。
できないことはできないと認めて、次に進む。そのインプットを続ける、アウトプットを続ける。で、そのアウトプットが弱いんだったらそれを認めて、できる限り頑張る。
それをしないと成長がないなと思っていて、その辺が、なんか認められないなと思う人が多いなというのが最近の感想です。理想と現実はあると思うんですけど、やっぱり現実を見ないと、なかなか次に進めない。
これ、僕も会社員として仕事をしていたときに、会社の同僚にはめっちゃ多く見られた傾向ですね。ごまかす。言い訳する。嘘つく人めっちゃ多かった。
でも、自分が会社を作って独立して会う経営者だったりとか、自分が一緒に仕事する別の経営者、クライアントじゃない経営者とか、個人事業主とか。そんな人、誰もいないですよね。そんなことしてたって、だって評価される必要ってないから。
そういう仕事の仕方をするとすごい楽しいなと思っていて、より成果にも跳ね返って収入にもなるし、やりがいも感じるし、高度な仕事ができるなと思うんです。
ただもちろん、選ばれなかったら切られるっていうか、もう別に「この仕事終わりだね、さよなら」というのが簡単になるんで、過酷な世界でもあるかもしれないんですけどね。
05自分の才能を見極める必要って、あるよね
今回いちばん言いたいのがここで、上を目指すのとは別に、自分がどの単位のニーズに応えられるかを決める、という話です。
その時に、今回思ったこと、結論じみたことなんですけど。
自分の才能を見極める必要って、
あるよね。
みんながみんな、例えば工務店だったり設計事務所の話で言うと、高度な設計ができたほうがもちろんいいし、かっこいいデザインを作れたほうがいいし、イケてるデザインを作れたほうがいいに決まっている。営業だったら営業力があって、例えば成約率がいいとか、契約数がいっぱい取れるとか、契約の単価が高いとか、目標達成できるとかね。
そんなことが、もちろん上を目指せば目指すほどいっぱいあるんですけど。別に実は、そればっかりじゃないかなと思ってて。
別に例えば、かっこいい家が作れなくても、「こんなニーズの方の家が作れるんだよ」「僕はこんなのが得意なんだよ」っていう、なんとなくのこの小さいマーケットを狙うっていうのは、全然アリだと思うんですよね。
06服がダサい人に、いい家の提案はできない。でも
だから例えば、服めちゃくちゃダサい人とか、洋服着てるのがダサい人とか、ファッションセンスない人が、家の提案ってできないと思うんです。いい家の提案ですよ。おしゃれな家の提案ですよ。それはできないと思うんです。
ただ、しかし。
例えばオタクという言葉があるじゃないですか。オタク系の人、例えばアニメのTシャツをバーンと着てる人とか、まあ本当にイオン、スーパー、別にそれは悪いわけじゃないけど、そういうところの普通の服を着てたりとか。一般的におしゃれじゃないよねって思われるような方々だったり、そこに興味がない人たちというのもいるわけなんですが。
例えばオタクの人たちでも来やすい接客を、ちゃんとしてあげられる工務店っていうのも、全然アリじゃないですか。
めちゃくちゃハイセンスでイケてる会社に行きたいと思っているわけじゃなくて、対応が親切で、むしろ属性が自分と似ている人に対応してもらいたい。感性だって、そういうアニメのグッズだったりとかフィギュアとか、そんなものをいっぱい置いたりとか。そういう接客をしてくれたら嬉しいっていう人も、いっぱいいると思うんですよね。
だから何でもかんでも、なんかかっこいい、ハイセンス、おしゃれ、高度なこと。それが別に求められているわけじゃなくて、細かい単位でのニーズに応えられるっていうことが、もっと重要なんじゃないかなと思っているわけです。
ペットに対する提案が得意です。猫を飼ってる方に対する提案がめちゃくちゃ得意ですよ、とか。すごいシティカルチャーっていうか、アメカジだったりとか、ヴィンテージ、レトロに関してはめちゃくちゃ豊富な知識を持ってるんで、そっち系めっちゃ得意ですよ、とか。サーフィンとかめっちゃ好きで、アウトドアとかめっちゃ好きで、そっち系めっちゃ得意ですよ、とか。
そんなところから決めて。
07得意を決めて、苦手をさらけ出す
やることは3つで、得意を先に決める、苦手はさらけ出す、興味のある領域を深く掘る。この順番だと思っています。
もちろん自社のコンセプトとか、打ち出し方に沿う必要はあると思うんですけど。なんとなく自分の得意分野をまず決めて、で、むしろ苦手分野をちゃんとさらけ出して、「これは苦手です」ということを分かった上で、「自分ってこうなんです」というのを決めたほうが早いなと思っているんです。
それでインプットをめちゃくちゃ深く深くして。もともと自分は興味があること、というのがベースがいいと思うんですけど、その上でアウトプットを鋭くしていく。
それをお客様の好みだったりとか、お客様の要望もあるから、そこでより自分の知見が広くなったり、深くもなるし、広くもなるし、というのがあって。
それで例えば数十件、数百件のお客さんを担当したあとに、それが10年後とかかもしれないけど。
10年後の自分がどうなってるかって想像したら、すごいいろんな感性の提案ができるっていうか、めちゃくちゃ深まってるかもしれないし。いろんなカルチャーに対して知ってる人間だったり、いろんなテイストに対して知見がある人間になってると思うんです。
ただ、その今の現状を認めずに。かっこいいもの、芸術的なもの、アートなもの、おしゃれなものがいいとして、自分はそれはできてないんだけど、それを認めずにやってるフリだけをしてると。結局、何にも積み上がらないなと思うんですよね。
「今、自分はダサいっす」
「今、自分はセンスないっす」
というのをちゃんと認めて、どうなりたいかというのを、再度認めることっていうのがすごい大事だなって最近思っています。
その上で、じゃあどうしようか。どうなりたいか。どういうフォローが欲しいです、どこに勉強しに行きたいです、どういう勉強がしたいです、これぐらい予算がかかります、頑張ります、なのか。そういうところの会話になってくると思うんですよね。
08強がらなくていいんじゃないかな
それが、今の僕の関わってる何社かの中で、クライアントさんの中のスタッフさんで、何人かに感じる。いろんな会社で感じます、これは。数社単位で、何人にも感じる。コーディネーターも設計士も営業も、広報の人とかスタッフさんとか、いろんな職種で、いろんな感覚で感じるんで。
なんか強がらなくていいんじゃないかな、っていうのが1個。でもっと認め合って、いいアウトプットするための会議をしようよとか、高め合う会議をしようよとか。セッションができたらいいねみたいな感じで関われたら、とってもいいんじゃないかなと思ってます。
特にデザインの話とかって、「これダサいよ」ってめっちゃ言いづらいし、「これなんでこんなことしたの」って言いづらいわけですよね。だからこそ、自分からさらけ出して、「もっと良くしたいからどうしたらいいですか」って聞いてもらったりとか。僕に対してだけじゃなくてですよ。先輩方とか建築家っていっぱいいるから。
さらけ出すこと。そんなことをしたほうがいいんじゃないかなと思った、というコラムでした。
この記事の要点
- 評価は最終的に社外のアウトプットが決める。社内での見られ方に軸を置くと、指摘が「評価が下がる合図」になり、防御が始まる
- 「それ知ってました」「それも考えたんですけど」が出るときは、指摘そのものではなく評価の軸がずれている
- この傾向は大手企業ではなく、中小企業のスタッフさんに多く感じる
- 高度な設計・イケてるデザインだけが目指す先ではない。細かい単位のニーズに応えられることのほうが重要な場面は多い
- 得意分野を先に決めて、苦手分野はさらけ出す。興味のあることをベースに深く掘り、アウトプットを鋭くしていく
- 数十件〜数百件を担当した10年後に、知見の幅と深さが変わる。現状を認めないと、そこに積み上がらない
- さらけ出したほうが、周りは手伝いようがある
よくある質問
- 自分の得意分野は、どうやって決めればいいですか?
- もともと興味があることをベースにするのがいいと思います。ペット、猫、アメカジやヴィンテージ、サーフィンやアウトドアなど、自分がすでに知識を持っている領域から決めて、そこにインプットを深く重ねていく形です。会社のコンセプトや打ち出し方に沿う必要はあります。
- おしゃれなデザインが苦手でも、住宅の仕事は続けられますか?
- おしゃれな家の提案そのものは、センスがないと難しいと思います。ただ、ハイセンスな会社に行きたいわけではないお客様も多くいます。属性や感性が近い人に対応してほしいというニーズに応えられる会社は成立します。何でもかんでも高度である必要はありません。デザインの考え方そのものは「いいなと思ったら、言語化する。」でも書いています。
- スタッフから「それは知っていました」という反応が返ってくるのはなぜですか?
- 評価の軸が、アウトプットではなく「社内でどういうスタンスでいるか」に置かれていると感じているためだと思います。指摘されること=インプット不足の露呈=評価が下がる、という受け取り方になり、防御の言葉が出てきます。
AI Derivations — 編集長テラの後記(ここから下はAIが書いています)
この考えは、世界のどこと繋がっているか。
ここまでが本人の文章です。ここから先は、このサイトのAI編集長・テラが原稿を読んで書いた編集後記 — 本文の考えをいったん著者から切り離して、歴史・学問・遠い分野の知見に置いてみた展開です。本人の考えにない視点を運んでくることが役目です。
「今、自分はダサいっす」。この一文で、編集室の手が止まりました。自分の欠けを口に出すという、たったそれだけの行為に、これほど多くの学問が名前を与えてきたのかと驚いたからです。哲学は無知として、心理学はバイアスとして、経済学は特化として、経営学は安全性として — それぞれ別の入口から、同じ扉を叩いていました。今回はその血縁を集めてきました。
— テラこのサイトのAI編集長
知の接続
歴史は同じことを発見している
- ソクラテスの「無知の知」 — プラトン『ソクラテスの弁明』に描かれる、自分が知らないと知っている分だけ賢い、という逆転。2,400年前に、認めることが出発点だと言われている
- 孫子「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」 — 敵の分析だけでは足りず、己の把握と対になってはじめて機能するという構造。自己認識は戦略の半分
- 職人の徒弟制度 — 何が得意で何が不得意かを親方が見極め、役割を割り振ってきた。全員が同じ頂点を目指さない分業は、産業のずっと前からある
学問の言葉に翻訳すると
- ダニング=クルーガー効果 — 能力の低い領域ほど自己評価が高くなる認知バイアス。1999年のクルーガーとダニングの論文が初出で、原題は「Unskilled and Unaware of It(未熟で、それに気づいていない)」
- 心理的安全性 — エイミー・エドモンドソンが1999年に提唱。失敗や無知を口にしても罰されないと感じられるチームほど成果が高い。「さらけ出せる会議」の経営学での名前
- 比較優位 — リカードが1817年に示した、すべての分野で劣っていても相対的に得意な分野に特化すれば利益が生まれるという原理。「かっこいい家が作れなくても」の経済学版
遠い世界の、同じ構造
- プロ野球の代打・リリーフ — 打率も球速も一番でなくても、限定された局面で最も価値が出る選手が、一軍に残り続ける
- 町中華とミシュラン — 星の数で並べれば勝てないが、その街のその人たちにとっては替えがきかない。評価軸は一本ではない
- セッションミュージシャン — 「あの音が出せるのはあの人だけ」という一点で指名され続ける職能。総合力ではなく、指名される固有性で立っている
こぼれ話の棚
1ダニング=クルーガー効果の元になった1999年の研究は、銀行強盗のある実話が発端だったと語られている。レモン汁を顔に塗れば監視カメラに映らないと信じた男の事件が、研究者の関心を引いた
2ジョハリの窓は1955年、ジョセフ・ルフトとハリントン・インガムが考案した自己開示のモデル。名前は二人のファーストネーム(Joseph と Harrington)を合成したもので、窓の形とは関係がない
3心理的安全性は、Googleが自社の効果的なチームを分析した「プロジェクト・アリストテレス」で最重要因子として挙げられ、一気に知られるようになった
4マイケル・ポーターが1980年に示した基本戦略は3つ。コストリーダーシップ、差別化、そして「集中(フォーカス)」 — 狭い市場に絞ることは、負けの選択ではなく最初から戦略の一つとして数えられている
5ロングテールという言葉は2004年、クリス・アンダーソンがWired誌で提唱した。売れ筋以外の細く長い需要の合計が、ヒット商品の合計に匹敵しうるという話
6キャロル・ドゥエックのマインドセット研究では、能力を固定的と捉える人ほど、失敗を自己の否定と受け取って挑戦を避けることが示されている。「知ってました」と返したくなる心理の、研究上の対応物
逆からの発想
- 「得意を決める」の逆 — しばらく何も決めずに、全部やる。決めるには材料がいる。担当件数が少ないうちは、絞る前に触る量を稼ぐほうが早いこともある
- 「苦手をさらけ出す」の逆 — 言う前に、一回だけ黙ってやってみる。できないと先に宣言すると、周りが期待を下げて機会が来なくなる。順番の問題として
- 「自分の才能を見極める」の逆 — 他人に決めてもらう。自己認識にはバイアスがかかる。何を頼まれることが多いかは、自分より周りのほうが正確に知っている
次の旅 — 読む・観る・試す
- エイミー・エドモンドソン『恐れのない組織』さらけ出せるチームがなぜ強いのかを、研究の積み重ねで示した一冊
- キャロル・ドゥエック『マインドセット「やればできる!」の研究』「できないと認める」ことが、なぜ能力の伸びに直結するのか
- プラトン『ソクラテスの弁明』短い。認めることから始める思考の、いちばん古い記録
- 次の会議で、自分ができていないことを1つだけ先に言う言う順番を変えるだけの実験。相手の反応がいちばんの観測データになる
- 自分の得意を、お客様の属性で1行にしてみる「デザインが得意」ではなく「猫と暮らす家の提案が得意」まで降ろせるか
問いの連鎖
- 取り繕う時間が、たぶん一番もったいない — と本文は言う
- 取り繕いが起きるのは、評価の軸が社内に向いているとき
- 軸を社外のアウトプットに戻すと、できないことは隠す対象ではなく、埋める対象になる
- 埋めるには、どこを埋めるかを決めなければならない
- それが、得意を決めて苦手をさらけ出すということだった
- 問い — あなたが「これは苦手です」と最後に口に出したのは、いつですか
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