07 / JOURNEY
Tokyo Metropolitan Teien Art Museum
東京都
庭園美術館
旧朝香宮邸 — 事故がなければ、建っていない
2026.08.16 / 目黒の旅・家族と
目黒駅から歩いて10分かかりません。それなのに、着いた瞬間にとんでもない広さの庭が広がります。アール・デコの洋館、もとの名前は旧朝香宮邸。先に一つだけ書いておくと、この洋館は、フランスでの交通事故がなければ建っていません。
東京のど真ん中に、
この庭。
Arrival
目黒駅から歩いて10分かかりません。それなのに、着いた瞬間にとんでもない広さの庭が広がります。まずそこで驚く。東京のど真ん中に、この大きさの庭があることが、もう不思議でした。
建物は洋館です。ぐるっと車で入っていって、玄関の前で止まる。当時の車がこうやって入ってきたんだろうな、というのが自然に浮かぶ形をしています。ちょっとノスタルジーもある。
門から建物までは、木立の中をしばらく歩きます。この助走が、たぶん効いています。都心の音がだんだん遠くなって、着いた頃には別の場所に来た気になっている。

事故がなければ、
この建物はない
Why It Exists
先に、この建物がなぜここにあるのかを書きます。
建てたのは朝香宮鳩彦王(あさかのみや やすひこおう)と、妃の允子内親王(のぶこないしんのう)。允子内親王は明治天皇の第八皇女です。天皇の住まいではなく、宮家の邸宅でした。
ふたりがアール・デコに出会ったのは、フランスでの事故がきっかけです。
義兄を亡くして、自分も生死の境をさまよった。その療養の先で、アール・デコに出会っている。予定どおり留学が終わっていたら、1925年の博覧会には間に合っていません。
つまりこの建物は、事故がなければ建っていないということです。それを知って中を歩くと、見え方が変わりました。
つくり方も、聞いていたとおりでした。室内装飾はフランスのアンリ・ラパン、ガラスはルネ・ラリック。それを宮内省内匠寮(主任・権藤要吉)と、約100人の日本の職人が形にしています。フランスの意匠を、日本の技術で建てた。だから「本当に海外にいる感覚」になるんだと思います。

入った瞬間が、
照明の計画だった
Light
入った瞬間に見せられたのは、器に対する照明の計画でした。
器をどう見せるか。下からのライト、上からのライト、小さいライト。それが細かく調整されていて、すごくきれいで、洗練されていて、美しいなという感覚がありました。


2階に行く階段はインパクトが強くて、めっちゃうっとりしてしまいました。手すり——手すりはないんですけど、横の壁の作り方がすごく洋風で。レトロなんでしょうね、これは。
図書室も良かった。本棚が家具ではなくて、壁そのものになっている。あとで書斎の話も出てきますが、この家は「置く」より「つくり付ける」でできています。
照明はひとつとして同じものがありません。部屋ごとに形が違って、それぞれの部屋の役割に合っている。既製品を買ってきて並べた家では、こうはならない。
ここで効いているのは、器を照らす光そのものより、光源が見えないことでした。天井に埋め込む、壁の奥に置く、上から吊るして下を向けない。
住宅でも同じで、ダウンライトを増やすほど明るくはなるけれど、空間はうるさくなります。「どこから光が来ているか分からない」を作れると、部屋は一段静かになる。ここはその教科書でした。
ルーシー・リーが、
この家に合いすぎる
Lucie Rie
今回、各所に器が飾られていました。ルーシー・リー展です。それがまた、すごく美しかった。
置いてある作品が、本当にグラスなんですけど、宝石みたいにキラキラしていて綺麗だったなあ。
タイルのデザインには魚とアンモナイトみたいなものがあったり、タコの陶芸があったり。この洋館に、ルーシーさんの陶芸がぴったりすぎて、これ、どういう関係なんだろうって。もう、あるべきところにある、という感じがすごくしました。
あとで調べて、腑に落ちました。
ルーシー・リーは1902年、ウィーン生まれ。1922年から1926年まで、ウィーン工業美術学校でミヒャエル・ポヴォルニーに陶芸を学んでいます。ウィーン工房が、建築から衣服までを一つの美でまとめようとしていた時代です。
朝香宮夫妻がパリでアール・デコに出会ったのが、まさに1925年。建物も、この器も、同じ1920年代のヨーロッパから来ている。だから合うんです。
1938年、ナチスのオーストリア併合を受けて彼女はイギリスへ亡命します。
そう思って見ると、途中に置いてあったバウハウスのポスターも意味が繋がりました。「これはどういう意味なんだろう」と思っていたんですが、あれも同じ時代の空気です。

ボタンが、
宝石に見える
The Buttons
書斎のライブラリーもすごかったんですが、いちばん食らったのがボタンでした。
宝石たちが、本当に自分の宝物なんだよって感じで置いてある。でもボタンなんですよ、これ、普通の。それが宝物に見えるっていうか、宝石に見えるってすごいなって。まあ、それぐらい価値があるようなものなんでしょうけど。
で、これも調べたら、ただのボタンではありませんでした。
第二次大戦下のロンドン。作陶が難しくなって、彼女はファッション業界の仕事を受けます。ウィーン時代からの知人フリッツ・ランプルのガラス工房ビミニの誘いで、まずガラスのボタン、次に陶のボタン。
依頼主が持ってくる生地見本に、釉薬の色を合わせる。それを延々やった。この作業が、のちの器の色をつくったと言われています。食うために始めた仕事が、代表作の芯になっている。
そしてこのボタンは、のちに三宅一生のショーで使われました。——前の旅で行った21_21 DESIGN SIGHTを、つくった人です。
書斎、ここで仕事してらっしゃったんだろうな。だからこの書斎、かわいいなと思うんです。上の作り方とかもすごい豪華でおしゃれで、この建物、本当にかっこいいなって感じがする。
細部にまで、
職人が入っている
Details
照明にフルーツがかたどられているものがあって、これ彫られてるのかなと思ったら、浮き出てて。すごっ、と思いました。職人の装飾がとにかく見られる場所です。

これです。角形の吊り照明で、ガラスの面いっぱいに果実が並んでいます。彫り込んであるのではなく、盛り上がっている。だから光が当たると、果実のひとつずつに影ができる。照明の中に、彫刻が入っているようなものです。

これは別の部屋の照明です。アーチの向こうに、星形のステンドグラスが1灯だけ下がっている。金でも大理石でもない、こういう軽いものが混じっているのがいい。
暖炉の装飾から、扉の装飾から。デザインがすごい。本当にこう来ると、海外に来たんだなって感じがします。
壁も面白くて、部屋と部屋のあいだがRの壁になっているんです。かわいくて。で、その奥に照明があったりして、その照明の付け根が見えなくて、垂らされてる感じ。すごくかわいいなって。
Rを回った奥にまた部屋があって、それが覗ける感じになっていて、次を、次へと連想させる感じも素敵だなと思いました。
床も見どころです。ここで言うとチェッカーフラッグみたいな柄だったり、カーペットもいろんな色があって。照明、窓ガラス、扉、全部が見どころ。本格的な様式が見える場所です。
お風呂にも彫刻のアートが置いてあって、器が置いてあって。本当にここは、建物まで楽しめるような場所だなという感じがします。各部屋も全部素敵でした。
Rの壁の向こうに、部屋がちらっと見える。この作り方は、そのまま住宅に持ってこられます。
廊下の突き当たりを壁で閉じずに、少しだけ次を見せる。それだけで、実際の面積より奥行きが出ます。angleを振るのでも、壁を丸めるのでもいい。うちで撮る住宅写真でも、この「向こうがある」が写っているカットは強いです。
新館に入った瞬間、
空気が変わる
The Annex
旧館から、途中で新館に繋がります。そこの間のガーデンが素晴らしくて、新旧のギャップが激しい。
新館のデザインが、もう洗練されすぎていて、めちゃくちゃ綺麗。ガラスとか、もう新しい建築って感じです。新旧が並んでいると分かってはいるんですが、一気に空気が変わる。
ある意味これ、どっちが好きかでパキッと分かれるんだろうなと思ったんですが、僕はやっぱり新館のほうが好きかな、デザインとしては。ガラスが使われていて、洗練されてシャープでかっこいい。

そして、ここがこの日いちばん唸ったところです。
ガラスに対して軒がすごく長く出ているんですが、その天井のデザインを続けたまま、軒が出ている。この天井のデザインがめちゃくちゃすごくて、照明がそのまま入って、アールになって、そのままズコンと奥に抜けている。
正面からも見えるので、ぜひ見てほしいですが、この抜かし方すごいなって感じがしました。


とにかくこのガラスの抜け感がすごい。室内のガラスと外のガラスの境界をあいまいにすることで、外観が出るんだなと。カフェ自体も外観が出ていて、こうすることで外観が出るのか、というのがすごく勉強になりました。
住宅で言えば、天井の仕上げを軒裏までそのまま出す。床のタイルを外のテラスまで続ける。切り替えを見せないだけで、部屋は外まで広がって見えます。
ランチはカフェで。ルーシー・リー展にちなんだブルーの器のようなデザートもあって、企画に応じたものもあるんだなと思いつつ。外でも食べられたので、すごくおすすめです。ご飯も美味しかった。
外に出ると庭があって、とにかく走り回れる庭があります。超巨大なモニュメントもあって、丸の抜け感を見ると、切り取られたものだけが見えて、すごい面白い。風が抜けるし、自分の目線も抜けるなって感じがしました。
茶室から見る庭が、
やっぱりいい
Tea House
庭には茶室もあって、ここから眺める庭も、なんかすごく落ち着くなと。やっぱり庭園を眺める茶室、いいですね。


そしてここで、聚楽壁(じゅらくかべ)というのをやっているんだと初めて知りました。土の層を重ねた見本が置いてあって、これ、もう使わないんだろうけど、こういう感じで作ってたんだって思うのが見られる。こういうのも参考になるなって気がしました。
この庭、子どもと一緒に行っても普通に楽しいんです。走り回れる芝生があって、池があって、飛石がある。美術館の付属物ではなくて、庭のほうが主役でもいい。
このぐらいの日本庭園を楽しめるところは少ないと思うので、ここを巡るのはおすすめポイントです。
今回は家族で行って、子どもも一緒でした。実はお絵描きする場所があったり、アートに触れる場所があったり、休憩室が結構充実していて、子どもはずっとそこにいました。
大人は交代で見て、ずっと子どもと遊んでいて、もうここ、めちゃめちゃ気に入ってて。美術館に行くにも、子どもがここで見ていられるっていうのはすごくいいなと思って。
庭園だけなら大人200円、中学生以下は無料です。
- 東京都庭園美術館
- 旧朝香宮邸(1933年竣工)。設計・監理=宮内省内匠寮、室内装飾=アンリ・ラパン、ガラス=ルネ・ラリック。本館は国の重要文化財
- この展示
- 「ルーシー・リー展 ―東西をつなぐ優美のうつわ―」2026年7月4日〜9月13日。本館+新館。一般1,400円/大学生1,120円/高校生・65歳以上700円/中学生以下無料
- 庭園だけなら
- 一般200円/大学生160円/高校生・65歳以上100円/中学生以下無料。茶室は通年10:00〜16:30(立礼席のみ)。毎月第3土・日は都内在住の保護者2名まで庭園入場料が半額
- 開園・休み
- 10:00〜18:00。休館・休園=毎週月曜(祝日は開園、翌平日休)、年末年始。※2026年8月時点
- 公式
- 東京都庭園美術館。会期と料金は企画展ごとに変わるので、行く前に確認を
- 行き方
- JR・東急・地下鉄「目黒駅」から徒歩7分。〒108-0071 東京都港区白金台5-21-9
Afterword — 旅の、あとがき
照明は「当てる」より、「隠す」。
「どこから光が来ているか分からない」を作れると、部屋は一段静かになる。旅の学びはぜんぶ、住宅の写真と提案に還元しています。